【体験談:かなでママ】発達障がいが分かった時、気づいたきっかけは?

当事者ママ*かなでママ

2025/04/05

はじめに

現在5年生の長男は、小学2年生の時に自閉症とADHDと診断されました。違和感を持った年長の時から診断されるまでの過程をお話しできたらと思います。

初めて違和感を持ったこと

長男はいつも元気で明るく、1歳半や3歳児健診などでも全く問題を指摘されたことはありませんでした。今思うとイヤイヤ期や癇癪もすごかったのですが、第1子で男の子ということもあり、『男の子って大変だな…。』くらいにしか思っていませんでした。
初めて違和感を持ったのは、長男が6歳、幼稚園年長の時です。いつまでたっても服の左右・表裏・前後ろがわかるようになりませんでした。そのため、いつも服は何かしらが逆で、靴も左右が違っていました。『幼稚園生だし、そのうちできるようになるよね…。』と思っていましたが、一向にできるようになりませんでした。

違和感から確信へ…。

違和感が『何か違う。』と確信的なものに変わったきっかけが、3歳下の妹の存在です。当時妹は3歳でしたが、服や靴を間違えることはほとんどありませんでした。
性別差や個人差ももちろんあるのは承知していましたが、それにしても長男はできなさすぎるのではないかと少し心配になり始めました。そこで初めてSNSで調べてみようと思うようになりました。
調べていく中で初めて『発達障害』(現在は神経発達症)というワードに出会いました。全く知らなかった単語に戸惑いながらも調べていくと、当時は特にADHDに該当する項目が多すぎて、まるで長男のことを説明してくれいているようでした。

そして専門家への相談、療育へ

『もしかして…』と思い、相談窓口として紹介されていた発達センターへ電話してみることに。 電話では、長男の日々の様子や困っていることを相談しました。服を正しく着れないことやご飯を手で食べてしまうこと、信号も止まれなかったりじっとしていられなかったりすることも。すると『6歳ですか⁉なるべく早く面談に来てください。』と言われてしまいました。
運よく1か月後に発達センターの予約が取れ、公認心理師やケースワーカーの方と話をしたり知能検査を受けたりした結果、そのまま月1回の療育がスタートしました。発達センターでの医師診察ではADHDのグレーでした。
その後療育を続けながら無事に小学生になった息子は、特に問題をおこすこともなく学校に通っていました。療育も1年生で終了し、『大丈夫そうだな。』と安心してしまっていました。

小学校生活を安心してスタートしたが…。

状況が変わったのは2年生の時です。夜寝るのが怖くなったり、トイレを失敗することが増えたり…。今までできていたことができなくなり、みんなと同じようにできないことも徐々に目立ち始め、いじめの対象になり始めてしまいました。
かかりつけの小児科に相談しに行ったところ、早めに児童精神科にかかったほうがいいと言われました。まさに青天の霹靂でした。問題なく通っていたように見えていた学校ですが、実は本人は相当我慢して頑張ってみんなについていこうとしていたようです。
慌てて小児科に教えてもらった児童精神科に電話をし、ここでも運よく1ヶ月に予約が取れました。月に1回の児童精神科の通院がスタートしたのが小学2年生の2学期、学校に関しては、同時期に教室でお漏らしを2回ほどしてしまったことをきっかけに不登校になりました。
その後1年の通院を経て出た診断は、主症状・自閉症、副症状・ADHDでした。自閉症という言葉は知っていましたが、『まさか!』という気持ちでした。
同時に、もっと早く気づけていれば、もっと早く対応してあげていれば、長男は必要以上につらい思いをせずに済んだのかもしれないと、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

今のこどもの様子

現在は5年生になりますが、小学校には通わず行政の教育センターが運営しているサポートルームを活用し、月に1回の通院を継続しながら日々楽しく過ごしています。 『何とかなるかな。』と過ごしてしまいがちですが、子供は想像以上に困り傷ついていることも。迷ったり不安になったりしたときは、早めに行動に移すのもいいかもしれません。お子さんとパパママが毎日笑顔で過ごせることを願っています。

当事者ママ*かなでママ

経歴:1歳から11歳までの4人の子どもを育てています!長男が自閉症とADHDの診断を受けてから、子供のことをもっと知るために保育士の資格を取得しました。発達障がい児だけではなく、きょうだい児への対応も日々勉強中です♪

せのびーる

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